学生の思考と社会人の思考

学生と社会人の決定的な違い

今年の夏も鍼灸養成学校の学生が1名当院の見学に来られ、自身のお母さんの治療を見ていかれました。(身内の施術なので見学OK)

なるほど、そのほうが勉強になるかもしれません。私が先輩風を吹かせて、気持ちよく話をしたところで、夏休みが終わればすっかり忘れてしまうでしょう。実際に施術を受けたり、施術の様子を見ることでひとつでも学ぶことがあればうれしいです。

普段は学生と交流する機会がありませんので、私も刺激になりました。と同時に、自分が学生だったときのことを思い出しました。よく遊んでたなー、ひどいもの食べてたなー、部屋もすごいことになってたなー と。

16081801
(19歳の自分。貧しい生活が似合っていると、実家暮らしのクラスメイトがわざわざモノクロ写真を撮ってくれた)

学生は自分の能力を上げることを考える

鍼灸の学生に限ったことではありませんが、学校生活では、自分の能力を上げることにすべての時間を費やします。そうしないと落第する可能性がありますし、クラスメートに順位を追い抜かれるかもしれない、そして国家試験にも合格できないからです。
528754

鍼を足三里に2㎝入れるという課題がでれば、2㎝鍼を入れる技術を身につけることに集中します。こうやって自分の能力を上げることが学生の仕事です。そして安全に鍼をできる人に教育することが学校側の使命なのです。

小学校、中学校、高校、大学と自分のパフォーマンスをいかに上げるか、そのことを教育され、考えていたはずです。勉強にしても順位がつけられ、クラスメートと競争します。

成績によってランク付けされ、そのランクによって進むべき進路も考えます。自分の能力を上げることと、他人との競争を学生の間は強いられてきます。自分の成績を度外視して他人の能力を高めようという学生はいないでしょう。

社会人は他人の能力を上げることを考える

しかし、社会人(鍼灸師)になれば今までのルールがガラッと変わってしまいます。他人(患者さん)のパフォーマンスを上げることが自分の評価につながります。

自分の能力、パフォーマンスを上げることだけを考えていては医療者として認められる存在とはなれません。
528781

もちろん自分の技術力を磨くこと、知識を得ることは重要です。そして独立するなら、自分や家族が路頭に迷わないよう経営する力も必要です。しかし医療者としては、「誰のために」というベクトルが自分ではなく常に相手に向いている必要があります。

相手がいなければ鍼灸師として存在する意味はありません。

正直に告白してしまえば、私は、つい自分のパフォーマンス(能力)を上げるために患者さんの体を借りてしまっているような感覚になるときもあります。学生時代の思考が抜けきっていないのです。

鍼灸師のように、つらい症状を抱えた人と1対1で向かい合って症状改善のお手伝いをすること、肌に触れ、鍼や灸をすることは信頼関係がないと成り立たない行為です。やはり、自分の体のことを第一に考えてくれる人に施術をしてほしいと思うのは当然です。

学生時代の思考そのままに、自分の能力を上げることを最優先にしていては、困っている患者さんを置き去りにしてしまう可能性があります。自分の能力をあげることが、結果として患者さんの症状改善のお手伝いになるのは確かです。

しかし、いま目の前にいる(困っている)人のために何ができるか、そこを出発点として自分のもっている技術を引き出したり、足りない知識や技術を身につけることが社会人の思考だと思うのです。

まとめ

学生は 自分の能力をあげることが役目である
社会人は 他人の能力をあげることが役目である

でも つい自分のことを考えちゃうんだな

にんげんだもの

かずや
nenga_hanko_1472175138839

The following two tabs change content below.

谷口 一也

はじめまして。谷口一也です。1979年愛媛県伊予市(中山町)で産声を上げました。 マイペースで我が道を行くB型。 育児と鍼灸に精を出す毎日です。 自宅での映画鑑賞やカフェ巡りが趣味。