夕方のカフェと夜の鍼灸院

夕方のカフェと夜の鍼灸院

ゴールデンウィークの後半、私も今日から3連休。子供たちは妻の実家へとお泊りに行きました。下の娘(4歳)も私なしでもお泊りができるようになりました。

本来なら子供たちとの時間に使うべきなのでしょうが、家族の支えによって、私にも自由な時間が与えられました。とても感謝しています。

夕方、近所のbranch coffee(ブランチコーヒー)へ行き、カフェラテ&読書。

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外が暗くなり、こんな時間に外出しているなんて贅沢で特別なことだと改めて感じました。以前ならば、よくあったことです。

当たり前だったことが当たり前ではないとしみじみ感じます。

自宅への帰り道でもあるので鍼灸院(めぐる)へ寄りました。夜になって院の電気をつけることも1年ぶりです。以前は当たり前のように施術していた時間帯。

夜になると院内の景色も変わります。夜の電球の明かりが好きでした。懐かしく感じ、思わず記念撮影をしました。

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あたりまえ

今日は一人で夕食をとり、夜の院内に居ます。一年前の「あたり前」な生活は、妻の支えによるものでした。全く、あたり前ではないと痛感しています。

妻が亡くなって一年が過ぎました。感謝をしていたつもりでしたが、足りていませんでした。どこかで聞いたことがあります。「あたりまえ」の反対語は「ありがとう」だと。

「有難う」と漢字で書くと「有り難し(ありがたし)」です。あることがむずかしい、めったにないことという意味ですから、その反対は、「当たり前」とか「当然」になります。

あたり前だと思っていることすべてに感謝する。それが難しいですけどね。あたり前を意識することは難しいです。大切なものを失って気付くことが多いのかもしれません。

大人の流儀

自宅に戻り、伊集院静のエッセイ『大人の流儀』をパラパラとめくりました。一人の時や妻のことを想いながら、この本を時々読みます。

私がこの本を買ったのは、まだ妻が生きていた2014年、空港の本屋さんでした。勉強会へ向かう飛行機の中で読むために買ったのを覚えています。

どんな想いでこの本を読んでいたのか忘れましたが、その時もあたり前のように東京の勉強会へ参加していました。妻が子供たちの面倒をみてくれていたおかげです。

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この本の中盤に「妻と死別した日のこと」というタイトルのお話があります。女優の夏目雅子さんが亡くなった日のことです。

亡くなった直後、伊集院さんが病院を出てタクシーに乗る場面で出会った親子との何気ないやりとりが書かれています。その時々で、人がどのような状況に置かれているかなんて、わかりません。

人間一人が、この世を生き抜いていこうとすると、他人には話せぬ(とても人には言えないという表現でもいいが)事情をかかえるものだ。他人のかかえる事情は、当人以外の人には想像がつかぬものがあると私は考えている。

・・・・人はそれぞれ、事情をかかえ平然と生きている。

という文章で締められます。

伊集院静さんと同じ境遇である私には、この本を読むことで心が落ち着き勇気づけられています。そんな休日の夜でした。

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谷口 一也

はじめまして。谷口一也です。1979年愛媛県伊予市(中山町)で産声を上げました。 マイペースで我が道を行くB型。 育児と鍼灸に精を出す毎日です。 自宅での映画鑑賞やカフェ巡りが趣味。