「早すぎる死」ではない

2017/06/23」と題した市川海老蔵さんのブログ記事を、まさに当日の朝、何気なく見た。小林麻央さんが亡くなられたのだとわかる記事だった。

小林麻央さんのブログも時々拝見し、いつも笑顔の写真と前向きな言葉が綴られている文章に私のほうが勇気づけられた。進行性の癌であること、転移していることも公表され、この日が来ることが遠くはないことを、ご夫婦も覚悟していたと思う。

私も市川海老蔵さんと同じで、妻に先立たれた夫である。同じように幼い子供も二人。幼い子供を残していった小林麻央さんも、私の妻も無念だとは思う。そばで子供の成長をずっと見守っていたいに決まっている。

私も他人ごととは思えない部分もあり、いつくかの報道やコメントを目にした。「早すぎる死」という見出しの記事があった。まだ30代で、幼い子供が二人いるのだから「早すぎる」と言いたい気持ちもわかる。

しかし、遺族にとってはやるせない言葉でもある。「早すぎる」かどうかはあなた(第三者)が決めることではないのだ。では「ちょうどいい死」は何歳だろう。「遅すぎる死」もあるのだろうか。

「早すぎる死」という表現は、もっと充実した人生がこの先にあったに違いない、そう聞こえるのだ。

小林麻央さんも、家族と共に幸せを感じながら充実した人生を送ったのではないかと思う。私の妻も同様に幸せな時間を家族と共に過ごせていたと思いたい。早すぎるかどうかは、本人にしかわかり得ないことだ。または近しい家族や友人にしか感じとれないことだ。

そして、早いから「かわいそう」だとも思わないでほしい。本人に対しても、遺された子供に対しても。

私の妻は二人の子どもに精一杯の愛情を注いでいたから、息子と娘は決して「かわいそう」ではない。寂しい想いはしているけど、しっかりと母親からの愛情を受けとっている。

だから、「早すぎる死」とは言わないでほしいし、遺された子どもを「かわいそう」だとも思わないでほしい。

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谷口 一也

はじめまして。谷口一也です。1979年愛媛県伊予市(中山町)で産声を上げました。 マイペースで我が道を行くB型。 育児と鍼灸に精を出す毎日です。 自宅での映画鑑賞やカフェ巡りが趣味。