消費と浪費と投資と私(後編)

前回は、消費と浪費について書きました。

今回は投資について。

投資とは

投資について語るほどお金にまつわる知識もないのですが、一般的にはお金の使い方は「投資」と「消費」と「浪費」に分けられます。

ざっくりと表すならば、下の図のようになります。

・買ったものに、支払った金額以上の価値があれば「投資」
・支払った金額と同じだけの価値があれば「消費」
・支払った金額以下の価値しかなければ「浪費」

「投資」の難しいところは、お金を支払ったその瞬間には「投資」になったのかわからない点です。時間が経過しないことには「投資」した結果がどうなったのか、誰にもわかりません。

自己投資の先に


「自己投資」の四文字に酔いしれている時間があったことは否定しません。

30歳で独立開業し、経営をする身となって覚えた4文字が「自己投資」です。院を経営するため、自分を成長させるために必要なお金の使い方である、と。

私の施術に価値がなければ、患者さんは来ません。価値のあるものを提供できるよう、自分にお金をかけることを覚えました。(独立する前にやっとけよ!)

自己投資ができることは素晴らしいと思います。自分に投資するだけの価値のある人間だと自覚している、とも言えるからです。

しかしすべての自己投資にリターンがあるとも限りません。冒頭で書いたように、時間が経過しないことには投資になったのか浪費なのか、結果は誰にもわからないのです。

あやしすぎる投資

今振り返えれば、あやしげな勉強会のために妻を説得して出かけて行ったこともあります。「たった5秒で奇跡を起こす!○○療法DVD」みたいな、冷静になれば誰も近寄らないような代物にも、ちょっと弱った精神状態では「これは投資だから・・」と手を出していました。

技術系、マーケティング系のDVDたち


そう、最近は家計簿の「投資」の欄に記入することを躊躇してしまうことが多くなっていました。

結果として、それらの勉強会や商材で学んだ内容が臨床で役立つことはありませんでした。投資ではなく浪費だったのです。

投資と浪費は紙一重といわれますが、まさにそれを体感する日々でもありました。

投資に対する不安

今では、自分の鍼灸の核となる技術(整動鍼)を学べています。投資というより消費です。必要なものだから消費。

以前なら、どんな書籍を買っても「投資」欄に書いていたんですけどね。自分に見返りを求めているような図々しさが嫌になったり、投資することの喜びよりもプレッシャーに感じるようになったり・・。

いつまで投資したら、満足できる自分になれるんだ?そんな漠然とした不安を抱えています。

これまで自分に投資したお金や時間を、リトル谷口が計算していたとしましょう。電卓と私を交互に眺めて、私を指さしながらこう言ったとしましょうよ。






「で、 それ?」


(こんなにお金と時間をかけてきて、その有り様か!)


なーんて言われた日には、しばらく寝込みます。。

そんな妄想にもとらわれるようになり、前回の記事に書いたようにすべてを「消費」にしたい!必要だから買った。それが一番良いと思うようになりました。

消費は自分のため、投資は他人のため

最近、うすうすとは気づいていた「自己投資」に対する不安。年齢を重ねるごとに、自分に残された時間が多くはないという現実との狭間で泣きそうになっていることを宣言した上で、先日、こんなツイートを目にしました。

しっくりきました。

自分の為に使うのは消費。他人の為に使うのは投資。

座右の銘に決定です。

私が何のために投資(自己投資)を始めたのか、その原点は「他人」のためだったはず。患者さんの困っている症状を改善することが最大の目的だったはずなのに、いつの間にか「自分」を高めるため、技術をたくさん習得するため、信頼される人間になるため・・・投資のモチベーションが他人から自分に移っていたように思います。

お金の使い方に迷ったなら、あなたも参考にしてください。

自分のために使うのは消費。

他人のために使うのは投資。

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谷口 一也

はじめまして。谷口一也です。1979年愛媛県伊予市(中山町)で産声を上げました。 マイペースで我が道を行くB型。 育児と鍼灸に精を出す毎日です。 自宅での映画鑑賞やカフェ巡りが趣味。